林家きく麿「任侠流れの豚次伝~雨のベルサイユ」、そしてシャクフシハナシ

鈴本演芸場八月上席四日目夜の部に行きました。林家きく麿師匠が主任の「笑いと涙と歌謡ショー」と銘打ったネタ出し興行だ。きょうは三遊亭白鳥師匠作「任侠流れの豚次伝 第4話 雨のベルサイユ」。鈴本さんでは中入りで前座さんが観客の前に現れ、諸注意をマイクを持ってお願いするのがコロナ禍以降、定番になっているが、この日は諸注意に加えて「トリのきく麿が一席終わりましたら、撮影OKになりますので、積極的に撮影して、拡散してください」というのがあって、客席から大きな拍手が沸いたのが印象的だった。初日に行ったときは、「昔の名前で出ています」を歌ったが、きょうは同じく小林旭の名曲「熱き心に」を熱唱。大いに盛り上がった。

「道灌」隅田川わたし/「平林」林家けい木/奇術 ダーク広和/「茄子娘」入船亭扇辰/「元犬」古今亭菊之丞/漫才 風藤松原/「妻の旅行」柳家はん治/「浮世床~本」橘家圓太郎/中入り/ギター漫談 ペペ桜井/「糖質制限初天神」鈴々舎馬るこ/紙切り 林家楽一/「任侠流れの豚次伝~雨のベルサイユ」林家きく麿

三遊亭白鳥師匠の作品だが、筋は変えずに演出等できく麿カラーを前面に押し出していて、とても愉しかった。豚次が政五郎爺さんの遺骨を金毘羅山に納めるために西へ西へと旅して掛川へ。そこで、豚次はラビット一家のサル蔵と衝突するが、そのときの描写に噺家の物真似が入って面白い。権太楼師匠、正雀師匠、はん治師匠…。さらに、猫八先生リスペクトでテナガザルやウグイスの鳴き真似を試みるのも笑った。

雌猫マリーに支配されているベルサイユ動物園に革命を起こそうと、ラビット一家のウサ吉親分を中心に民衆が立ち上がるときには、クイーンのウィ・ウィル・ロック・ユーの歌声が聞こえたり、人質に取られたウサ吉の孫娘のミッフィーを助けに行くと豚次が名乗りを上げるときには、ウサ吉と豚次の間で「おひけえなすって」で始まる仁義を切る場面が活写されたり、きく麿師匠独自の工夫が随所に見られ、楽しい。

マリーの用心棒のレッサーパンダ小次郎が豚次と対決する場面は、レッサーパンダの人形を使って実演するところも、きく麿師匠らしくて好きだなあ。そして、実は小次郎は上野動物園で出会ったアライグマのオスカルということが判り、改めて豚次との再会を喜ぶ。マリーが放った矢から身を呈して豚次を守った場面では、「オスカル!」「アンドレ!」の言葉のやりとりに加え、テレビアニメ「ベルサイユのばら」の主題歌「薔薇は美しく散る」の替え歌をきく麿師匠がマイクを持って歌う。

♬草むらに名も知れず 咲いている豚ならば ただ餌を嚙みながら そよいでいればいいけれど~

きく麿師匠の工夫がいっぱい詰まった豚次伝に拍手喝采だった。

配信で「晴れたら空に豆まいてプレゼンツ シャクフシハナシ」を観ました。落語の柳家喬太郎師匠、浪曲の玉川奈々福先生、講談の一龍斎貞寿先生の三人会だ。

「粗忽長屋」柳家喬太郎/「亡霊剣法」玉川奈々福/中入り/「心中奈良屋」一龍斎貞寿/「孫、帰る」柳家喬太郎

奈々福先生は古典の天保水滸伝に出てくる平手造酒と、その妻しまの関係を少し怪談風に創作した外伝的一席だ。笹川繁蔵の用心棒になった平手は、見込んだ親分に身を捧げ、最終的には飯岡助五郎方の用心棒と相討ちとなり非業の死を遂げるが…。

横恋慕した悪い男の企みに騙され、大事な恋女房を疑って斬り殺してしまったことが平手の心の隅にいつも引っ掛かっていたと思うと切ない。剣の達人だが一途ゆえに騙されやすいというのが物哀しい。

また、死んでも死にきれない女房の、平手がこの世にある限り恨み通すという女の執念深さにも思いを馳せる。女房が平手を抱くように大利根河原の土手の闇の中に消えて行ったという笹川方の子分たちの証言がさらにこの怪談めいたエピソードに信憑性を加えている。

貞寿先生の清水次郎長伝の第2話。心中しようとしている若い男女を引き留め、話を聞いて解決の糸口を掴もうとする次郎長の器量の大きさに、その後街道筋で評判の大親分となる芽が見える。

呉服問屋の奈良屋の若い者の幸助、そして四ツ目屋という女郎屋の売れっ子のお米。どちらも真面目に働く良い人間なのに、お互いが惚れ合ってしまったばっかりに、“公金の使い込み”と“足抜け”というご法度を犯してしまうのが、一途な恋の恐ろしさだろう。

だが、四ツ目屋の主人も、奈良屋の主人も物分かりの良い人で良かった。お米の証文を巻いてくれ、持ち出した金も月1両ずつ返済すれば良いとなり、幸助とお米は稼ぐに追いつく貧乏なし。大きな店を持つまでになり、繁盛したのは何よりだ。

そして、仲立ちをした次郎長もこれによって額から曇りが消え、“死相”から“長寿の相”となるという…。あの托鉢の老僧は何者だったのだろうか。

喬太郎師匠の「孫、帰る」。おじいちゃんが“言いたいことを言え”と言ったのに対し、孫のケンイチが“言ってもしょうがない”と前置きしながら、「僕ね、やっぱり、まだ死にたくなかったな」と言って、その後に「死にたくなかった」という台詞を数回繰り返すところ、何度聴いても泣いてしまう。

母のミヨコと孫のケンイチはちゃんとシートベルトをしていた。だが、酔っ払い運転に巻き込まれて、交通事故で死んでしまった。覆水盆に返らず。ケンイチが帰った後の、おじいちゃんの無言の涙が胸を締め付けた。