【国立劇場11月歌舞伎公演】「一谷嫩軍記」壮絶な親子の愛情と別れに人生の無情を思う

国立劇場大劇場で「11月歌舞伎公演 一谷嫩軍記」を観ました。(2021・11・05)

「熊谷陣屋」である。熊谷次郎直実は陣屋に戻ると、二つの偽りを述べる。相模との間にできた息子の小次郎は敵方の大将と戦い、見事な討ち死にをしたということ。自らも敵方の敦盛の首を討つ戦功を挙げたということ。これはどうしても偽らなければいけない事情があることを熊谷の台詞の裏に読み取れる。

陣屋を訪れていた相模は小次郎の死を悲しみながらも、良く戦ったと聞き、天国の息子を褒め讃えることができる。だが、収まらないのは、同じく偶々訪れていた敦盛の母親の藤の方だ。当然、熊谷憎しと斬りかかる。

この二人の母親の気持ちはよくわかるのだが、それが熊谷の上司である義経の首実検によって大逆転をするのが、この芝居の見どころだ。

一枝を伐らば、一指を剪るべし。桜の木の傍に刺さっていた制札。この意味するところが問題だ。一指を一子と読み替えて、敦盛を助けろという熊谷へのメッセージが暗にこめられているのだから。

敦盛は後白河法皇と藤の方の間に産まれた子。熊谷は相模と夫婦になる際に家中に不義を働いた疑いをかけられ、それを藤の方が救ってあげたという旧恩がある。義経も熊谷も敦盛をどうしても助けなければならなかった事情があったわけだ。

はたして首実検の際に、首桶の中身を見ると、これは熊谷の一子、小次郎の首であった。相模は我が子が身替りになったことを嘆き悲しむ。一方、藤の方は助けてくれた熊谷に感謝である。

今回上演された「熊谷陣屋」は芝翫型と呼ばれる珍しい型だそうで、その小次郎の首を熊谷と相模が二人で持ち合い、悲しむという演出。なおさらに切なさが深まる。

この芝居でキーになるのが、鎧櫃だ。首実検の前に、藤の方と相模が二人でいるときに、藤の方が形見となった青葉の笛を吹くと、一間の障子に敦盛とおぼしき人影が浮かび上がる。だが、それは鎧櫃に乗った鎧であった。だが、敦盛は生きていたわけで、確かにこの陣屋に匿われているのだ.

そして、石屋の弥陀六実ハ弥平兵衛宗清の存在。平家一門の菩提を弔うために、各地で石塔を建てていた。この弥陀六が義経の命で、鎧櫃を背負って行くのだが、実はこの中に敦盛が隠れている。蓋を開けかけたときに、藤の方がそれを見ている。これも義経の温情だ。感謝する藤の方である。

そして、役目を果たした熊谷は出家姿となり、小次郎の菩提を弔うために、西方の弥陀の国へと旅立つのだ。

人生は儚く、そして無情なもの。そんな切ない幕切れであった。

熊谷次郎直実:中村芝翫 九郎判官義経:中村錦之助 経盛室藤の方:中村児太郎 堤軍次:中村橋之助 梶原平次景高:中村松江 熊谷妻相模:片岡孝太郎 弥陀六実ハ弥平兵衛宗清:中村鴈治郎