【文菊のへや】抜擢真打昇進から8年余り。“自分の落語“が出来上がって、古今亭文菊は僕の中で赤丸急上昇(上)

タケノワ座配信で「文菊のへや」第一夜から第五夜まで観ました。

古今亭文菊師匠が抜擢で菊六から真打に昇進したのが2012年秋。僕自身はその年の春に単独昇進した一之輔師匠に夢中だったため、文菊師匠の高座を追いかけるまで至らなかった。ところがどうであろう、この2年ばかりで文菊師匠の高座をちらほら拝聴する機会に恵まれ、その魅力に次第に気づきはじめた。で、よくお話を伺ってみると、文菊師匠自身もこの2、3年で「自分の型」が出来てきたそうである。真打昇進してからしばらく自分はどういう落語をやればいいんだろう?と格闘していた、そしてここへきて、こういう個性を生かせばいいんだ、という方向性が見えてきたという。

去年からのコロナ禍から、地道に「文菊のへや」という配信を以前から応援してくれていた方の協力を得てスタートさせた。僕は第三夜あたりまでは観ることができていたが、次回がいつ配信されるのか、情報が少なかったこともあり、以降はついつい見逃してしまっていた。新年に入って、第16夜までをパッケージにして販売してくれたので、「これはラッキー!」と思い、購入。まとめて観ることができた。そして、改めて文菊師匠の魅力を確認することができた。きょうから3日にわたって、第15夜までの鑑賞を記してみたい。

第一夜「厩火事」

マクラで「髪結いの亭主」という存在について解説のようなことをしてくれたのが良かった。要はヒモなんだけど、そのヒモという言葉も令和の時代では消えかかっていると。

「別れたい!」とすごい剣幕で旦那の家に飛び込んできたお崎さんだけど、旦那と話しているうちに、亭主擁護に回ってしまうところに、女性の可愛さがよく出ている。5歳年下の亭主の了見を確かめたいけど、確かめるのが怖いという。唐土の先生か、はたまた麹町の猿なのか。

縁日で10円で買った皿のことを言ったら、「別れなきゃいけないんですか」。挙句には、「旦那のとこに来なきゃよかった」という、この女心がよく表現されている。

第二夜「三方一両損」

文菊師匠はまだ40歳なのに、まるで江戸時代から飛び出してきたかのような佇まい、口調であることが、文菊落語の魅力になってきている。わざと演じてはダメで、自然に湧き出てきているからいい。そこに古典落語が馴染んでいるのだ。

大工・吉五郎と左官・金太郎の二人の江戸っ子の気っ風がなんとも言えずいい。威勢がいい。「出世をするような災難には遭いたくない」という了見がいい。金太郎の大家も「まさか、その財布を拾って帰ってきたんじゃないだろうな」。

吉五郎に大家に切った啖呵には金太郎同様、惚れ惚れした。金太郎が自分の大家に再現してみせて、「どこの大家も同じだ」と言うのも可笑しい。大岡越前守の知恵ある裁きよりも、江戸っ子の気っ風に文菊師匠の魅力をみた。

第三夜「棒鱈」

こちらも、江戸の空気を自然に伝えてくれる。どうしても、田舎侍を客観視して嘲笑う隣座敷の江戸っ子の方に肩入れしてしまう。落語もそのように作られているから、そこを強調する演出が好きだ。田舎の人間を馬鹿にするな、なんて野暮なことは言わないでほしい。

マグロのサスム、タコのサンビャーズ。芸者に「喉を聴かせていただきたいわ」と言われ、雄叫びをあげる田舎侍に爆笑。芸者たちが慌てる様子が目に見えるようだ。モズのくちばし、12カ月の唄も素っ頓狂なところが最高だ。「兄貴、俺、覚えちゃったよ」と、1月も2月も3月も「テンテコテン」と唄う江戸っ子職人も愉しい。

第四夜「心眼」

マクラで“障り”のことについて触れたのが良かった。古い時代にこしらえた噺だから、不適切な表現もあり、不快に思われる方もいるかもしれないが、悪意があるわけじゃないことをわかって頂きたいと。その上で大切にしている噺だと。御意。

梅喜の女房おたけに対する、感謝の気持ちとそれとは正反対に働く奢り昂ぶり。目が明くと、自分がいい男だと気が付き、芸者の山野小春が岡惚れしていると言われれば、誰だって有頂天になる。東京で一、二を争う「まずい」女と所帯を持ったことを恥じてしまう。女乞食とどっちがいい女か訊いてしまう。これも人間の性。

上総屋の旦那が「おたけさんは心根は日本一、綺麗な心の持ち主」と言っても聞く耳を持たない梅喜の「あんな化け物、たたき出してやる」に対する、おたけの「こんなことなら目が明かない方がよかった」という台詞が心に刺さる。それが夢とわかったときの梅喜の安堵は、聴き手の安堵にもつながる。名演だった。

第五夜「たがや」

マクラで昔の噺家への掛け声のこと。黒門町や日暮里、柏木、矢来町は有名だが、圓蔵師匠の平井、小朝師匠の初台、圓菊師匠の押上は初めて聞いた。文菊師匠は「自由が丘なので、様になりません」。十八番を掛け声にする人は今では聞かないが、小さん「大工調べ」や文楽「明烏」なんかがあったと。ちなみに、圓菊師匠は「饅頭怖い」。「師匠らしいでしょう?」と。

武家vs町人がテーマで、町人を味方にしている落語らしい落語。たがやの侍とのチャンバラも、講談なら事細かく表現するのだろうが、志ん生師匠のぞろっぺいな表現もまた味わい深いと話していた。