【春風亭昇太 あのときの落語会】①感傷旅行@本多劇場(2009年2月9日)
2009年2月から3月にかけて「春風亭昇太」という落語家のすごさを強烈に僕の脳裏に焼け付ける落語会がありました。今でも元気溌剌な高座を見せる昇太師匠ですが、09年の3つの落語会はとりわけパワフルな内容で、昇太落語のすごさを再認識しました。きょうから3回にわたって、プレイバックしたいと思います。きょうは、「感傷旅行」@下北沢・本多劇場(2009年2月9日)です。以下、当時の日記から。
2004年11月に「劇」小劇場でおこなわれた幻のライブ、新作コレクション「感傷旅行」の完全再演である。ステージには高座の横に古めかしい真空管ステレオが配置され、オープニングトークで「実際に再生できるんですよ」と、何枚か置いてあるレコードの中から、ビリー・ジョエルの「ストレンジャー」を選んで、演奏してみたりする。レコードの中には、師匠が子どもの頃、お小遣いで初めて買った岡崎由紀の「奥様は18歳」もあったりなんかして、もうステージは昇太ワールド一色。「自分大好き」の師匠らしい演出で、いいよなぁ。
今年1月は寄席や地方の営業、都内のホール落語あわせて45高座に出演したそうだ。そこで大活躍したのが、去年の大晦日の紅白歌合戦での森進一ネタだ、と。僕は下丸子の新春プラザ寄席で聴いたが、何度も高座にかけることによって、面白さに磨きがかかっていた。別の世界に行ってしまい、この世のものじゃなくなる森進一。「おまえは悪魔か!」と突っ込みたくなる「おふくろさん」の歌唱の真似は腹を抱えて笑える。「歌詞の頭に思いと息をぶつけるんです。おふくろさんが“ほふくろさん”、空を見上げりゃが、“ほらを見上げりゃ”になるんです」と言って、身体全体を使っての形態模写。この「森進一漫談」、全国どこに行ってもはずしたことがない!と誇らしげに語る師匠が、ヤンチャ坊主みたいで可笑しかった。
僕は、古典落語を自分流にデフォルメして、思い切りクレージーに演じる師匠の高座が気に入って、昇太ファンになったのだけれど、こうして新作落語を4本並べて聴くのも、良いなぁと思った会だった。自作の2本はもちろん、面白かったのだが、他の噺家さんが作った新作に新たな発見があった。白鳥師匠の作品では「この噺、こんなに面白いんだぁ!」と改めて気づかせてくれたし、喬太郎師匠の作品では、昇太師匠が演じるとまた違った味わいの感動を覚えて、ジーンとしてしまった。充実の4席を満喫、堪能、大満足の会であった。
春風亭昇太「マキシム・ド・呑ん兵衛」(三遊亭白鳥作)
白鳥師匠の数多ある新作の中でも、比較的ノーマルだから、他の演者さんが演じることも多い演目だ。白鳥師匠自身も、地方で年齢層の高い落語会に行って、不安な時は、このネタを演るそうだ。そんな手垢まみれの噺も、昇太師匠の手にかかると、とても新鮮な爆笑新作になる。この噺は「足立区」に対する偏見が根底にあると分析。そこを徹底的に際出させたのが可笑しかった。孫の智恵から銀座のレストランに誘われた、老夫婦。爺さんは「わしは生粋の足立区っ子だ。銀座に行くと人さらいに遭うぞ!わしは行かん」と頑固に断るのが可笑しい。
マキシム・ド・パリに到着した婆さんが、店頭が花でいっぱいに飾ってあるのを見て驚いていると、「これもサービスのひとつなのよ」と説明する智恵に、婆さんが一言「私の店にも綾瀬川にセイタカワダチソウやペンペン草が生えているわい」。ソムリエと聞いて、「総務員の理恵ちゃんかい?」。黒服を見て、「親戚に不幸でもあったのかい?」。オーナーシェフの登場に「オカマのジェフが来る?」。コック帽姿に「お公家様?右大臣かい?」。「一流の料理人よ」と説明する智恵に、「本物の料理人は一斗缶に腰掛けて、競馬新聞を読んでいるものだよ」。智恵の「今の時代は店をただやっていれば良いという時代じゃないの。サービスというのが必要なの。だいたいでいいから、このサービスを取り入れてみて」というアドバイスを真に受けた婆さん。店の名前も「マキシム・ド・足立区」に変えちゃった。
「年末の派遣村の映像見ていたら、この店を思い出した」とやって来た留吉さんはビックリ。「親戚一同」と書かれた葬式の花輪が入り口に立っていて、「爺さんが死んだのか?」。「ご予約のお客様ですか?うちは完全予約制です。キム・ジョンイルがお忍びで来るんです。万景峰号で綾瀬川に乗り付けるんです!」。さらに、喪服を着た婆さんが♪ヒトヒトピッチャン、ヒトピッチャンと唄いながら、乳母車を引いてやってくる。「お酒はどうなさいますか?」「ボトルキープの大五郎が入っているだろ!」「ボルドー産の白ワインなどは?」。と言って、出された飲み物は「タカラ本みりん」。「ほのかな酸味とまろやかな甘味が特徴です。30年ものでございます」。
そして、オーナーシェフの登場。便所に隠れていた爺さんが汗だくで出てきた。「海の幸のフルコースでございます。イカの塩辛とひじきの煮つけのマンネリ。茶色の海とヘドロの黒が東京湾をイメージしています。美しいハーモニーをお楽しみください!」。もはや寄席の定番となった白鳥作の新作落語を、ものの見事に自分のものにして爆笑させる昇太師匠の手腕に感服した高座だった。
■ビデオ上映 若かりし頃の昇太師匠のテレビ出演の数々を繋いだもの
「夏休み!母と子のワンパク遊び」で、遊びの博士(昇太という名前でなく)として登場。柳昇師匠のお宅の朝食拝見の中継では、柳八時代の柳好さんとともに朝飯を食っている。笑点の若手大喜利では、「ばあちゃんと付き合っていました」「失恋したんだって?」「いえ、死別です」。さらに、静岡ローカルのCMには、リサイクル小僧というキャラでの出演も。こういう映像をしっかり保存している師匠は、本当に“自分大好き”なのだなぁと思った。
春風亭昇太「パパは黒人」
彼氏のいない裕美子は、友達に「今年のクリスマスはどうするの?また、喬太郎独演会?紀伊国屋ホールは、喬太郎の噺を聴いてメルヘンチックな気持ちになろうという女性の巣窟だからね!」とからかわれる。悔しい裕美子は「私はデートよ!」と、つい、つまらない見栄を張ってしまった。「え!?どんな彼氏なの?」との問いに、「胸板の厚い」と答え、「彦いち?」と返されるところが、落語ファンの笑いのツボをくすぐる。「違うわよ。目がぱっちりしていて、背が高くて、甘い言葉を囁く・・・」と嘘八百を並べたところで、友達は「黒人?」。また、よせばいいのに裕美子は「そう」と言っちゃった。
当然、その彼氏に会わせてくれと言う友達。困り果てた裕美子は帰宅する。「困ったことがあったら、父さんに相談しなさい」と張り切る父親は、事情を聞いて、自分の悲惨なクリスマス体験を語るのが面白い。柔道部員だった父親は、ようやくデートにこぎつけた。「デートだぁ?この部にも、そんな発展家が現れたか!」と、投げ倒して押さえ込みして祝福する他の柔道部員たち。そして、「これを着て行け!」と、伝説の吉田先輩の赤い柔道着を渡される。オリンピック代表の有力候補とまで言われた吉田先輩は、この柔道着を着て失格になった。「まだ、カラー柔道着が導入される前だったからなぁ」。「来て行け!お洒落していけよ!赤い柔道着に白帯、サンタさんじゃないか!一本、決めて来いよ!」と送り出されたのは良いけれど、待ち合わせの場所で、あっさり「サヨナラ!」と振られてしまったのだった。
「一生のお願い!一日だけ黒人になって!」と懇願する裕美子。で、父親は娘のために、黒人になることを引き受けた。クリスマス当日。顔に靴墨を塗って、紀伊国屋の前に立つ父親。「裕美子、彼氏、見せて!」とやって来た友達。「小さくない?」に「遠近法よ」。挨拶は「裕美子がいつもお世話になっています」と日本語ペラペラ。「英語を喋って!」に「change!」。何とかやり過ごして一安心の裕美子。すると、道で本当の黒人にぶつかってしまった。「俺の娘に何をするんだ!」と黒人を押し倒す父親。「強いね、お父さん!」。「お父さん、頼みごとがあるんだ。腕組んでいい?クリスマスの日にお父さんと腕組んで歩きたかったんだ」と裕美子。すると、「お父さんも、2つの夢がいっぺんに叶ったよ。裕美子と腕組んで歩くことと、ストリートファイトで黒人に勝つこと!」で、サゲ。最後は、ロマンチックなBGMも流れ、ほのぼのした雰囲気で終るのかな?と思ったら、見事な逆転のサゲ。これぞ、昇太ワールド!という一席だった。
春風亭昇太「戦後史開封」
「戦争体験を師匠・柳昇から直接聞いたというのは、貴重な財産です」というマクラから、この噺へ。「わしの戦争体験を若い者に伝えなければ」と爺さんが「わしの話を聞け!金をやるから聞け!」と、孫に一万円を渡して、「たっぷり、シミュレーション体験してもらおう」。「昭和19年、戦争も終りかけた頃だった」とナレーションを入れる爺さんが可笑しい。「吉田さんの次男坊のところに、郵便局員が来た。『おめでとうございます!』。赤紙じゃ。戦争に行かなきゃならないのだ」。すると、孫は「面白そう!」。「でも、死ぬかもしれないんだぞ」に「嫌だよ」と言うと、「この非国民が!」。「一方、庶民の暮らしは・・・。芋を食え、だ」「サツマイモ、大好き!」「ジャガイモだ」「ホクホクして美味しいよ!」「スイトンだぞ」「珍しーい!」。ちっとも噛み合わない会話が楽しい。
そして、爺さんは両手を広げ、「恐ろしいものがやってくるのじゃ。何だ?」。孫は「爺ちゃん!」。「これが飛んでくるのじゃ」に「キリスト!」。そこで爺さんは「B29だ!」と言って、「ヒューヒューヒュー」と叫び、高座を叩いて「バン、バン、バン」とやると、孫は「林家たい平!」と答えたのには爆笑だ。「逃げ込め!防空壕に!」と言う爺さんは「あらかじめ防空壕を掘っておいた」。「だけど、ここはマンションの4階だよ。下の松浦さん、ごめんなさい」と反応する孫も愉快。
この後、「戦争はまだまだ続きますよ」と滝口順平風になるのが楽しい。爺さんはアメリカ国歌を口ずさみ、「ここで、ある人物が登場します。誰だ?」と問うと、孫は「狂った爺ちゃん!」。パイプをくわえる仕草でヒントを与えると、「柳家小さん!」。「マッカーサーじゃ。この男が、日本人の暮らしをひっくり返したのじゃ」。そして、孫に「一万円返せ!」と言う。「財閥解体じゃ」。ここで、場面転換。居眠りする兵士。「歩かないと、死ぬぞ!」「年を取った時の夢を見ていました」で、サゲ。戦争体験という真面目なネタを面白おかしく料理して、笑いにしながらも、「二度と戦争などしてはいけない」というメッセージを込めているところが、心憎い素敵な高座だった。
■ビデオ上映 「素顔の青春」
チューリップの「サボテンの花」の音楽に乗せて、プロレスのマスクをした男の儚い恋を描いた映像詩。素敵な娘=福田真夕という可愛い女性が気になった。
春風亭昇太「ハワイの雪」(柳家喬太郎作)
噺を始める前に、白鳥師匠の故郷・新潟県上越市高田と、昇太師匠の故郷・静岡県清水市は友好都市として交流があり、中学生になると、高田の代表と清水の代表が短い期間、交換留学をするという話題について触れた。これが、この噺の昇太流アレンジの伏線になっていた。
噺の舞台は、上越高田。留吉さんの元に一通のエアメールが届く。ハワイのジョージ藤川という日系3世からだ。その文面によれば、祖母の千恵さんの余命があと僅かとなり、毎日夢を見ながら、「留吉さん!」とうわ言のようにつぶやいている。一度、会わせてやりたい、と。孫のめぐみが事情を聞き出す。留吉と千恵は幼なじみだった。「大きくなったら、私、留吉さんのお嫁さんになるんだ」と言って、留吉もその気だった。大人になっても一緒で、上越のベストカップルと呼ばれていた。「一緒に雪かきしようね」が合言葉だった。なのに、千恵は「狭い上越から飛び出して、世界を見てみたい」とハワイへ行ってしまった。留吉が言う。「わしは高田の駅まで送っていった。大正生まれのカラッとした男だ。千恵さんの足にすがって泣いた。もう片方の足で額を蹴って、逃げるようにして千恵さんは去った。わしの腕の中には片方だけの長靴が残った」。さらに続ける。「その後は、戦争だ。わしは、死んだ婆さんと一緒になった。この世とおさらばという時に、こんなことを言われてもどうしようもない。でも、会いたい!居ても立ってもいられない」。
ハワイに行くには飛行機に乗らなければならない。でも、金がない。そんな時、「上越市・清水市交換記念 腕相撲大会」が開かれるという報が。優勝すれば、ハワイ旅行がプレゼントされるという。大会は年齢別になっていて、85歳以上のスーパーシニアの部があるという。「わしは“越後のトビウオ”と仇名された腕自慢じゃ。得意技は鎌首アタック。優勝間違いなしじゃ」。ところが、清水市からも代表者が来るという。「あいつがやって来る。サルスベリの正吉じゃ。おそろしいヘアピン攻撃を仕掛ける男じゃ。いまだにサクラエビ漁で働いて、身体を鍛えているそうだ」。
そして、腕相撲大会当日。因縁の対決だ。なぜかカコイイキャラの正吉が可笑しい。「留吉さんですね。僕は記憶力がいいんです。中学で対戦した時に、腕がくじけそうになったのを覚えています」。鎌首アタックとヘアピン攻撃のすさまじい戦い。ウイウイ、シャシャシャ!正吉に負けそうになる留吉。その時、留吉がつぶやいた。「あの人が待っている。行かなきゃいけない」「誰が待っているんですか?」「お前には言えん」「教えてください!」「千恵さんだ」「あの清水に来た色白の綺麗な人ですか!なおさら負けられない!」「余命があと僅かで、毎日、わしの名前を呼んでいるそうだ」。ここで、情にほだされた正吉は、わざと負ける。「降参ですよ。あなたには敵いません」。
そして、留吉は飛行機に乗って、ジョージ藤川宅へ。庭で車椅子に乗って日向ぼっこしている年老いた女性との再会。「千恵さん!留吉じゃ」「誰かしら?」「留吉じゃ」「また、そんな冗談を。新潟にいるんですよ、留吉さんは」「千恵さん!」「本当に、留吉さんじゃないですか」「良かった。元気にしていたか」「色々なことがありましたね」「プレゼントがあるんじゃ。この長靴、覚えているか?わしの額を蹴った、血痕が残っている。ずっと持っていたんじゃ。返しにきたよ」。千恵はなぜか片足だけ長靴を履いている。そして、もう片方の履いていない足に、その長靴を履かせてやる留吉。そして、弁当箱のようなものを取り出すと、中に水が入っている。「高田の雪で一緒に雪かきしようと持ってきたのに。わしは相変わらず、おっちょこちょいで馬鹿だな」。
「急に寒くなってきた。中へ入ろう」と言うと、雪が降ってきた。手を開いて「積もれ!」と留吉。そして、千恵に言う。「雪かきしよう。手の中で」。「ハワイなんて日本からわずかなもんだ。高田で待っていないで、追いかければ良かった。お前さんの孫を見て、いい人生だったんだな、と思ったよ。わしと一緒にならなくて良かった。わしも婆さんと幸せだった。今度、生まれ変わった時に・・・・」、留吉がそう言いかけた時に、千恵は息をひきとっていた。「わしも、おっつけ行くからな・・・」。
ここで、場面転換して上越高田。孫のめぐみが留吉に声をかける。「おじいちゃん、寝てるの?どんな夢、見ているのかしら」。ジーンとした。喬太郎師匠とはまた違った感動が湧き上がって、胸に熱いものがこみ上げてきた。そうか。夢か。そんないい夢見られる老人になりたいな。素敵な高座をありがとうございました。