12月文楽公演「仮名手本忠臣蔵」 勘違いや不運に翻弄される勘平とおかるの悲劇は魂に重く深く響く。
国立小劇場で「文楽公演第1部 仮名手本忠臣蔵」を観ました。(2020・12・04)
忠臣蔵の中でも五、六段目にあたる部分の上演。身の不始末から仇討ちの徒党に加われず、再起を目指し苦闘する早野勘平とその一家の悲劇だ。世話物の雰囲気だが、「魂に重く、そして深く響く悲劇」とプログラムに書かれていたが、まさにその通りである。
二つ玉の段
山賊に身を落とした斧定九郎が、おかるの父・与市兵衛を惨殺し、娘を身売りした五十両の金を奪うところ。定九郎の悪役っぷりがものすごい。「爺さん、夜道は危ないから俺が連れになろう」と近づいて、「お前の懐に金が入っているのはちゃーんと見たんだよ。さあ、金を出せ。殺すぞ」と脅す。「お願いです。確かに金は持っている。だけど、この金はわけありなんです」と命乞いを与市兵衛が必死にする間、定九郎は地蔵を蹴落とし、煙草をプカプカふかして、吸い終わったら、すぐにぶっ殺しちゃう。
「お前の事情など知ったことか。その金で俺が出世すれば、その恵みでお前の娘の男だって出世するよ。安心しな」「痛いかい?痛いだろうなあ。でも俺を恨むなよ。金を持っているから殺すんだ。お前の敵は俺じゃない。金だよ」。ここまで自分勝手で冷徹だと、逆にカッコイイから、不思議なものである。それが受ける狂言の真髄なのかもしれない。
五十両を手にほくそ笑んでいるのも束の間、猪が突進してくる。ものすごい緊迫感の直後に、突如現れる猪に定九郎はびっくりし、寸でのところで身をかわすが、そこに弾丸が命中!めまぐるしい展開だ。早野勘平が猪と誤って撃ち殺してしまったのだ。その誰だかわからない倒れた男の懐から五十両の入った財布を見つけ出し、その出所も確かめずに(ここ、重要ですね)、我が前途に光明が差した!(つまり討ち入りの仲間に加えてもらえる!)、千崎弥五郎に渡そう!と思ってしまう。で、帰路に就くんだけど、もうちょっと冷静になっていればなあ。
身売りの段
この段で思うのは、勘平の女房になったおかるが身売りをした金で、勘平の名誉回復を図り、討ち入りに加えてもらおうという発想と行動。おかるも、その両親もそうまでして勘平を武士に戻らせたかったのかあ、ということだ。
祇園町・一文字屋の亭主が昨晩、与市兵衛に前金五十両を渡したので、おかるを連れて帰るという。そこへ帰ってきた勘平が、一文字屋とやりとりしているうちに、財布の柄が「亭主が与市兵衛に貸したもの」と「自分が撃ち殺した男から奪い取ったもの」が同じ!と気づく。勘平の衝撃。俺は舅を殺してしまった!なんてこった!何とか嘘をついて、その場を取り繕うが、「どんよりとした不安」はぬぐい切れない。まして、おかるは愛する勘平さんのためだったら、苦界に身を沈めるにも拘わらず、明るくふるまうのだ。なんてこった!
早野勘平腹切の段
与市兵衛の遺体が運び込まれた。いよいよ、万事休す、である。ここで激するのはおかるの母だ。そりゃそうだ。「おかしい、おかしいと思っていたが…。いくら武士だったとはいえ、舅の死体を見たら、もっとびっくりするはず。勘平どの、あんたがこの人を殺したんでしょ!」と、勘平の懐から血の付いた財布が見つけ出し、嘘がばれる。責める老母の激しさよ。怒り。慟哭。悔恨。それに対し、勘平はただただ沈むばかりだ。屈辱。絶望。
そこへ大石の指示で五十両を返しに、千崎弥五郎と原郷右衛門がやってくる。おかるの母は訴える。「この男が用立てた金は、私の夫を殺して奪った金なんです!この男のために娘を売ることまでして、ようやく夫が手に入れた金だったのに!」。「勘平!それは本当か?どこまで卑怯な奴なんだ。そうまでして仇討ちに加わりたいとは、いったいどんな悪魔に魅入られたんだ!」と二人は勘平に詰め寄る。もう、勘平は切腹しかない。腹に刀を突き立てる。
もはや、これまで。まさか与市兵衛を殺したとも思わず、天の助けとばかりに死人の懐から金を取ったいきさつを一通り話す。で、死骸を検める弥五郎。すると、死因は鉄砲によるものではなく、刀傷だと判明。「ええっ!」。驚く勘平。仰天するおかる母。そして、郷右衛門が鉄砲に当たって死んでいた斧定九郎のことを見たことを思い出す。「定九郎、あいつは山賊になったと聞く。あいつが与市兵衛を斬って五十両を強奪したんだ!」。あーー!気づくのが遅かったあ。もう!
おかるの母は「あんたを誤解してすまなかった」と、勘平に泣いて謝るが、時すでに遅し。「わたしの悪名が晴れたなら、それでいいです」と、虫の息の勘平が言う。郷右衛門と弥五郎は、勘平に仇討ちの連判状を見せ、勘平は死ぬ間際の血判を押す。自分の腹から出た臓物をつかみ、血判するのだからすごい。
全身全霊をこめた討ち入りに対する勘平の気迫が伝わってきた。勘違いや不運を引き寄せる勘平おかる。むごい運命の波に翻弄されるドラマチックな上演だった。