吉笑昼席 立川吉笑「tion」「さあつひ」、そして紅純の高座百遍 神田紅純「本阿弥光悦 姨捨正宗」

「吉笑昼席~立川吉笑独演会」に行きました。「tion」と「さあつひ」の二席。開口一番は立川のの一さんで「初音の鼓」、ゲストは立川笑王丸さんで「二階ぞめき」だった.
「tion」は久しぶり。冒頭、2027年の新型花粉症は「半年前から症状が出る」ので、スギ花粉が飛んでなくてもくしゃみが出る、しかも鼻水は出なくて、5年後の2032年に出るという…その発想にユニークさが良い。さらに2008年の花粉症はもっと酷くて、目から鼻水、鼻からよだれ、口から涙が出たというのだから可笑しい。
花粉症を克服した男、ある体のツボを押すことで、鼻毛が雌しべになり、受粉して花が咲き、それによってアレルギー反応が出なくなったという。東洋医学の神秘である“ツボ”に焦点を当てたのが、この噺の面白さだ。ゲーム開発者が隠しコマンドを仕掛けているのと同様に、神様が遊び心で人間の体のあらゆる箇所にツボを作っていて、その全貌はまだ解明されていないが、「俺は徹底的に研究した」と男は言う。
右腕の2番目に大きいホクロを押すと、店員を呼ぶことができる。しかし、すかいらーく系限定とか。4番目に大きいホクロを押すと小仏トンネルが3キロ渋滞するとか。右の耳たぶを右手で掴み、右の脇の下を左手で掴むと、「ばあちゃんが元気になる」。ただし、母方だけで父方には効かないとか。愉しい一席だ。
「さあつひ」。八五郎が隠居のところを訪ねるとき、いつも「こんちは」と挨拶しているが、来る日も来る日も同じ四文字ではつまらない、悔しい、癪にさわると言って、明日から違う四文字を言うことにするという発想が面白い。
だからと言って、いきなり「むばんぺ」と隠居に挨拶しても唐突だし、何か程よい手はないかと考えた末に、「一歩だけ進む」。つまり、「こ」の次は五十音順で言うと「さ」、同様に「ん」は「あ」、「ち」は「つ」、「は」は「ひ」。だから、「さあつひ」と挨拶するのはどうか、という提案だ。隠居は戸惑うが、受け入れると、自分の発する言葉も同じルールに則らなくてはいけなくなり…、その混乱が可笑しい。
干支をこのルールで言うと…というところに発展するわけだが、ちなみに「えと」は「おな」。吉笑師匠は今後どのようにこの噺を進化させていくのか。楽しみである。
「紅純の高座百遍~神田紅純独演会」に行きました。「扇の的」と「本阿弥光悦 姨捨正宗」の二席。前講は神田若之丞さんで「愛宕山 出世の春駒」だった。
「姨捨正宗」。信濃国更科郡中原村のお大尽、和田軍平が「天下の鈍刀」を「名刀正宗」と信じて代々家宝として大事にしている気持ちを、光悦は決して馬鹿にしたり、その誇りを傷つけたりせずに対応したことが素晴らしいと思う。
主人から預かった百両を紛失した責任を取るために切腹しようとしていた侍に軍平の祖父が百両を貸して命を救った。その形(かた)として受け取ったのが「正宗」で、以来大切に蔵の奥にしまっておいて、その侍が百両を返しに来るのを待っていた。だが、祖父も父も「あの正宗が冥途の障り」と言い残して死んでいった。だから、村で流行り病があったときや、狐や狸の憑きものがあったときだけ、この「正宗」を蔵から出すが、それ以外は滅多なことがない限り人の目に触れさせないという。この純粋無垢な軍平の気持ちを台無しにしたくない。だから光悦がその「正宗」を見て、一目で「天下の鈍刀」と判ったときも、決して笑うことなく、正宗を否定しなかった。
軍平に鑑定書を書いてほしいと頼まれたときは、さすがに困ったが、早速の機転で「信濃には姨捨山もあるものを姪あればとて身をば頼みそ」と認めて、このことは内密にするようにと約束した。
このエピソードを将軍秀忠も大層気に入り、その軍平の所持する「正宗」が見たいと言って、取り寄せる。秀忠も光悦と同じ考えで、「これぞ天下泰平の印」と喜び、「姨捨正宗」という銘を付け、白銀7枚が軍平に下しおかれた。馬鹿正直な軍平はその姨捨正宗を葵の御紋散しの箱に入れ、駕籠で「下にー、下にー」と大事に中原村に持ち帰ろうとした。板橋宿の役人は驚いたが、将軍様の計らいでこれを許したというのだから、まさしく幕府公認の「正宗」となったわけだ。
この「姨捨正宗」の中原村と江戸城の行き来は八代将軍吉宗の代まで続いたというから、まさに「天下泰平の印」だったといえよう。嘘から出た真。軍談と違って平和な時代を象徴する良い読み物だ。

