春風亭一之輔独演会「甲府ぃ」「豊志賀の死」

春風亭一之輔独演会に行きました。「甲府ぃ」と「真景累ヶ淵 豊志賀の死」の二席。開口一番は春風亭貫いちさんで「親子酒」、食いつきは春風一刀さんで「大工調べ」だった。

「甲府ぃ」。善吉の真面目で誠実な人柄が伝わる高座だ。噺の中で善吉は感激して喜びのあまり3回泣く。

1回目は一旗揚げようと江戸に出てきたが、浅草で巾着切りに遭って困っていたところを豆腐屋主人に拾われ、「うちに奉公しないか」と誘われたとき。主人は善吉の目を見て、「お前はちゃんとした男だ」と、請け人なしで引き取ってくれた。同じ法華、日蓮宗を信仰していたということもあるかもしれないが、善吉の目付きで信用できる男だと判断した主人の優しさが滲みたのだろう。

2回目は豆腐屋夫婦が娘の婿にならないかと打診したとき。親切を旨に三年間、棒手振り商いをしてかみさん連中に評判が良く、繁盛したということもあろう。既に豆腐屋女房がお花に気持ちを訊いていて、善吉に惚れていることは判っていた。あとは善吉の気持ち次第となったときに、主人が「三年前、路頭に迷っていたところを助けてやった恩を忘れたか!」と、まだ打診もしないうちから「お花のどこが気に入らないんだ!」と一人で興奮しているという早合点が可笑しい。冷静な女房が善吉に「どうだろうか」と訊ねると、善吉は「こんな果報者はございません」と感謝する。その涙が美しい。

そして、3回目。働き詰めだった善吉夫妻が20日間の休暇をもらい、甲府の叔父夫婦への報告と身延山への願解きをするために出掛ける朝。隠居している義父が「叔父さん、叔母さんに孝行してこいよ。是非、江戸見物においでくださいと言っておくれ。何か美味いものでも土産に買っていけ」と餞別を渡す。そこでも善吉は義父の心遣いに感激して泣く。これら3つの涙に善吉の誠実が詰まっているのだと思った。

「豊志賀の死」。親と子ほどに歳の離れた豊志賀と新吉は嬉しい仲になった。だが、豊志賀の心の奥底では「私はいつか捨てられてしまうのではないか」という不安が常につきまとっていたのだろう。

その象徴として、右目の下に出来物ができ、熱をもって腫れあがる。他の弟子たちが離れていく中、一人だけ健気に通う羽生屋のお久を不思議に思い、「これは私の見舞いに来ているのではない。新吉会いたさに来ているに違いない」と悋気を起こす。お久へのいわれなき憎しみが出来物として腫れあがっていったのではないか。「私が生きているばかりに、新吉は大好きなお久と一緒になれなくて申し訳ないね。私は死にたいよ」。新吉がそれを否定すれば否定するほど、豊志賀はそれを疑ってしまうという、ゆえに出来物も治らないという悪循環である。

これでは、それまで献身的だった新吉がほとほと厭になってしまうのも理解できる。下谷大門町の勘蔵叔父さんのところに相談に行こうとしたときに、偶然にも買い物に出掛けたお久と会い、寿司屋の二階に誘った。そこでお久は師匠に苛められていることに対し、「ちょっと本望なところがあるんですよ」と言う。お久は新吉に惚れていたのか…。それを知ったからこそ、新吉は本能的に「二人で下総へ逃げよう」と提案してしまった。豊志賀には十分尽くした、お久と一緒になって楽になりたいという本音が出る。だが、お久は突然豊志賀の形相に変わり、「あなたは本当に不実な人ですね」。新吉はさぞ驚いたことだろう。

実際、豊志賀は悪気があったわけではないと思う。勘蔵叔父さんのところに来て言ったという台詞を額面通りとれば、ではあるが。新吉さんには世話になった。あの人には好きな人と添わせてあげたい。月々の小遣いも渡して、幸せになってもらいたい。だから、もう少し私の面倒を見てほしい…。

だが、新吉は豊志賀を裏切るような行動に走ろうとしてしまった。だから、豊志賀は世を儚んで、剃刀で喉を掻っ切り、自害に至ったのではないか。書付の「新吉は不実な男。女房になる女は七人までも取り殺す」。最期の女としての執念がその後、新吉にどのように祟るのか。「真景累ヶ淵」はこの先が面白い。