PARCO公演「アメリカン・ドリーム」、そして立川談洲ツキイチ落語会「子別れ」

PARCO公演「アメリカン・ドリーム」を観ました。作・演出:三谷幸喜。

東西冷戦下の1950年代前半にアメリカ合衆国で行われた「赤狩り」。これをテーマにした舞台をいつか作りたいと三谷さんはずっと思っていたそうだ。一表現者として、この史実は看過できないものであり、果たして素晴らしい舞台に仕上がっていた。

ソ連と対立していたアメリカは共産主義を危険視し、敵視した。そして、下院非米活動委員会(HUAC)は共産主義者=コミュニストを排斥することに躍起になっていた。「反逆的・非米的」危険分子をよしとしなかったのだ。コミュニストはソ連のスパイという極端な見方さえあったという。

とりわけ、目の仇にされたのが映画界だった。当時の娯楽の中心、ハリウッドのきらびやかな世界は国民の目につきやすい、格好の標的だったのだろう。そこで、コミュニストの嫌疑を受けた脚本家、監督、俳優らが公聴会に召喚される。だが、脚本家ダルトン・トランボなど10人は証言を拒否。議会侮辱罪に問われ、有罪判決を受け、映画界を追放された。一方で、委員会に賛同して共産党員の友人の名前などを密告し、生き残った映画人もいた。

芝居は、非米活動委員会の委員の容赦ない追及に対し、ホテルの密室に集められた四人の映画人がどのように立ち振る舞ったかという、密室の会話劇という形式によるヒューマンドキュメントだ。仲間を密告するか、仕事を失うか、人間の尊厳を賭けた究極の選択。三谷幸喜らしい緻密な脚本と演出で観る者を惹きつけた。

特に感動的だったのは、小日向文世演じる「大物」脚本家だ。頭脳明晰な話しぶりで、論理的に証言を拒否する。自分は弱者に寄り添う作品を信念にこれまで書き続けてきた、その姿勢はこれからも捨てるつもりはない。きっぱりとした口調で委員の追及に立ち向かう姿が素晴しかった。映画界からの追放を覚悟しながらも、「別のやり方」で復活をほのめかすところが格好良い。

三谷幸喜さんがパンフレットの中で「彼らが赤狩りとどう闘ったのかを生々しく描きたかった」という序文で、以下のように締め括っている。

劇中で、ある人物が赤狩りについてこんなことを言います。最初は過激なコミュニストを取り締まるだけだったのに、やがて政府に反抗するものは全員アカにされてしまう。一番怖いのはそこだと。それはいつの時代も同じ。だからこれは「赤狩り」がテーマではあるけど、あの時代のアメリカだけの話じゃないんです。以上、抜粋。

現代にも通じるテーマとして、心して日常を生きていきたいと思った。

「ふくらぎ~立川談洲ツキイチ落語会」に行きました。「紙入れ」「笠碁」「子別れ」の三席。

「子別れ」。息子の亀吉が元両親の熊五郎とおみつを復縁させようと、番頭さんとシナリオを書き、実践したという演出が面白い。熊五郎と再会した亀吉はお小遣いを貰い、翌日にご馳走してくれる約束を取り付けると、帰宅して母のおみつに即座に報告する。母は一緒に会う気はなく、亀吉一人で父親に会い、美味いものを食べさせてもらう。月に一度のペースで父親に会うことが続いた。

父親には母親の様子、母親には父親の様子を伝えるが、亀吉なりにお互いをよく思ってもらおうと脚色して話すというのが味噌だ。母親は「酒が悪いんじゃない。お父っつぁんがみんな悪かった」と言っているのだが、父親には「お父っつぁんを恨んではいない、お酒が悪かったんだ」と伝える。父親は「おっかさんはちょいと気が強いところがある。半歩下がって亭主を支えてほしい」と言ったが、母親には「おっかさんは凛としてしっかりしている。お互いに支え合いたい」と言い換えて伝える。

母親は「お父っつぁんが私に一目惚れして、舞い上がっていた」と言っていたが、これもまた逆で父親には「おっかさんが粋な江戸っ子の職人に一目惚れしたと言っている」と伝える。本当は「大工の腕は立つが他に何もできない」と不満なのに、「武骨でいい。あれが本当の江戸っ子の職人だ」ということになっている。亀吉が必死に持ち上げようとしている様子が健気で良い。

父親から貰った小遣いを亀吉が「知らないおじさんに貰った」と嘘を言う。母親は息子が盗んできたものと誤解して、折檻しようとすると、亀吉は「お父っつぁんに貰ったんだ」と初めて白状し、ここで思いの丈を述べるのがとても良かった。おっかさんは朝から晩までずっと働いて、食べるのが精いっぱいだ。継ぎ接ぎだらけの着物を着て、髪の毛もボサボサのまま。お父っつぁんは良い格好していた。綺麗な半纏を何枚も着て、白い新品の足袋を履いていた。そして、会うたびに50銭くれて、鰻やお寿司や天婦羅をご馳走してくれた。ねえ、お父っつぁんのところへ行こうよ!

おみつは亀吉が可哀想に思ったのだろう。わかったよ。お前の言う通り、お父っつぁんのところへ行きなさい。こんな暮らしより、その方がいいね。お父っつぁんがいいと言うなら、お父っつぁんのところへ行きなさい。さあ、出ていきなさい。

亀吉が熊五郎の家を訪ねると、熊五郎は「余計なことをしちゃったな。来てくれたのは嬉しいが、帰った方がいい。俺が送ってやる」。そして、熊五郎はおみつと再会する。熊五郎は「金輪際、こんなことはしない」、亀吉が「え、会えないの?」と言うと、おみつが「亀をダシにして…言いたいことがあったら、自分の口でいいなさい」。

熊五郎は頭を下げる。「すまない。勘弁してくれとは言えないことは判っている。でも、俺も酒をやめて、一生懸命働いて、もう二度とあんな辛い思いはさせないつもりだ。たまに三人で飯を食うだけでもできないか。一から俺のことを考えてくれ」。

強硬だったおみつが和らいだ。「私もご馳走を食べに連れていってくださいな。今までのことをなかったことにはできない。でも、まずは考える。この子のためを思って…」。一度叩き出されて辛い思いをしたことを簡単に許すことはできないと思う。だから、これが第一歩だ。少しずつ歩み寄って、復縁できるようにお互い努力する。人間の感情は一筋縄にいくものではない。そう教えてくれた談洲版の「子別れ」だった。