田辺いちか独演会「忠僕元助」、そして桂二葉独演会「青菜」「崇徳院」

田辺いちか独演会に行きました。「寛永三馬術 愛宕山梅花の誉れ」「鉄砲のお熊」「忠僕元助」の三席。ゲストは神田梅之丞さんで「天保水滸伝 鹿島の棒祭り」だった。

「忠僕元助」。これが家来の主人に対する忠義、忠節というものなのだろう。討ち入り前日、片岡源五右衛門は誰にも明かしてはいけない仇討計画ゆえ、下郎の元助に対し、偽りの理由で暇を言い渡すのだが、元助はその嘘に対して忠実に家来として誠心誠意の対応をしようとする。その愚直なまでの態度に片岡は手を焼いてしまう…。ここが肝の読み物だろう。

佐賀鍋島藩に仕官が叶ったと言えば、佐賀までお伴します、給金は要らない、主人を見届けて、奥様に報告するという。金持ちの後家に入り婿の話が決まったとか、莫大な借金を抱え夜逃げするので迷惑をかけるからとか、見え透いた嘘をついても見破られてしまう。挙句の果てには困り果て、「お前のことが嫌いになった。お前の奉公は行き届きすぎる。とっとと出て行け」と言うに至っては全く理に適ってはいないことを承知の上での命令である。

それに対しても、元助は「旦那様の武運長久をお祈り申し上げます」と挨拶し、両国橋から身投げに行こうとしたり、刀を振り回して切腹しようとしたりする始末。ほとほと手を焼く有り様は愚直を超えて、滑稽ですらある。

訪ねて来た武林唯七が事情を知らずに見かねて元助を殴ってしまい、元助は気を失う。片岡が武林に事情を説明すると、「そういう男なら、仇討の件は他言無用とはいえ、明かしても良いのではないか」。半分は元助の意識が回復していることも判っていたが、「気を失っているのが幸い」と片岡は翌日の討ち入りを迎える胸中を半ば聞かせるかのように語り、「わしは身に過ぎたる果報者を家来に持ち幸せである」。

元助はさも聞いていなかった風を装い、「今、目が覚めました」。そして、「鍋島藩への仕官おめでとうございます。ご無事を一心にお祈りいたします。そして、赤穂に戻り、見聞きした一部始終を奥様とお子様にお伝えします」と、さっきの愚直な忠節から一転、すべてを悟り、聞き分けの良い家来に変わる。そして酒を酌み交わし、主従の顔を見納め、元助は「何を申し上げて良いのか。胸がいっぱいです。涙は不吉です。笑ってお送りしましょう」。いやあ、本当の忠僕というのはこういうこと言うのだなあと思う。

そして、翌日。仇討本懐を成し遂げた四十七士が回向院で休息をとっているところに、元助は駆け付け、籠の中から義士たちに「さぞ喉が渇いているでしょう」と蜜柑を振舞う。どこまでも行き届いた忠僕である。

その後、元助は赤穂にいる片岡の妻子に仔細を物語り、自らは出家して西向坊と名乗って、二十数年をかけて四十七基の石仏を彫り、菩提を弔ったという。いちかさんが巧みな話芸で美談をうっとりと聴かせてくれた。

桂二葉独演会に行きました。「味噌豆丁稚」「青菜」「崇徳院」の三席。開口一番は柳亭市助さんで「洒落番頭」だった。

「青菜」。植木屋の人懐っこさが二葉さんのキャラクターにピッタリ当てはまる。鯉のあらいに下に氷が敷いてあるのを見て、「熱出して患っているのかと思った」とか。山葵醤油で召し上がれと言われ、添えてある山葵を見て、「百草?」。卸金でおろす前の山葵を「蘇鉄かと思った」。そして、山葵だけを口の中に放りこんで「オォー!」と叫び、「口に合わん」とか。

お屋敷の隠し言葉のネタばらしを聞いて、「菜はおまへん」でいい、回りくどいと言った後、「ウーワー!こりゃ、おもろいな」と興味が沸いてくるところも、いかにも植木屋の可愛いところが出ている。それで、女房に「お前だったら、どういう断りを言うか?」と問うと、女房は「いつまで菜があるとけつかんの!この九官鳥!」。お似合いの夫婦である。

それでお屋敷ごっこをやろうとして、湯に誘いに来た竹を巻き込むところ。柳影は当たり前の酒の一升瓶で、「ぬるー!」。井戸水で冷やした酒とは対極にあるのが可笑しい。また、鯉のあらいは鰯で代用しようと思ったら、食べてしまっていて、大きな鍋に入ったおからの炊いたのを杓文字で掬うことになるというのも面白い。最後まで植木屋の遊びに付き合う竹さんは偉いなあ。

「崇徳院」。若旦那が緋塩瀬の茶袱紗を拾ってあげたときに、お嬢様が料紙に崇徳院様の歌の上の句だけを書いて渡したという演出がロマンチックだと思う。「後日、またお目にかかれますように」という思いがこもっており、若旦那が恋煩いになるのも仕方ないだろう。そこを熊五郎がその歌を「石川や浜の真砂は尽きぬとも」とか、「水が垂れる」をビショビショの女とか、崇徳院を人喰いとか、まぜっかえすことによって落語になる。

若旦那の意中の人を日本中廻って何としてでも探して来いと大旦那が命じ、借金棒引き、300円の謝礼、五軒の借家という餌を提示され、熊五郎は必死に大坂の町をぐるぐる探し回るが、見つからない。女房が「どうやって探してはったんや」と訊くと、熊五郎は「黙ってウロウロしていた」と答えると、すかさず「スカタンおやじ!」と罵声を飛ばすところ、女性の強さがよく出ている。

崇徳院様の歌を手蔓に、道の真ん中で「瀬をはやみ~」と叫んでいると、後ろから子どもたちが付いてきてしまうところ。風呂屋を26軒、床屋を38軒廻って、頭はつるつるになり、眉毛まで剃ってしまった熊五郎を想像するだけで可笑しい。そして、六遍来たという床屋でお嬢様のお店に出入りしている親方に出会うことが出来た。「わてはこれから和歌山、熊野と廻る。源さんは香港へ行った」というお嬢様側の捜索網の厚さに比べると、若旦那側は熊五郎独りに託していたというのは、ちょっと可哀想かもしれない。