一龍斎貞鏡 ネタおろしor虫干しの会「牡丹燈籠由来噺」、そしてYEBISU亭 古今亭菊之丞「景清」春風亭一之輔「青菜」

「一龍斎貞鏡 ネタおろしor虫干しの会」に行きました。「坂本龍馬とおりょう」と「牡丹燈籠由来噺」の二席。前講は神田蓮陽さんで「真田幸村 大坂入城」だった。
「牡丹燈籠由来噺」は父親であり師匠であった貞山先生が講談本から掘り起こした珍しいネタとのこと。名人圓朝の若き日の苦心談を大変興味深く聴けて、とても良かった。
圓朝は初代橘家圓太郎の息子として生まれ、小円太を名乗るが、十七歳で二代目圓生の内弟子となる。圓生が主任を勤める両国の寄席立花屋の芝居に出演したときのことだ。毎日、柱の右から二番目に座って小円太の高座を観終えると帰ってしまう女性がいた。音曲師勝太郎の女房お初だ。周囲の者が「きょうも来ていたね。気を付けなよ」と小円太に言っていた。
下足番の留吉が小円太に届け物だと言って、簪を渡した。簪には手紙が挟んであり、「裏木戸の表でお待ちしております。お初」と書いてあった。その三日後に師匠圓生が怖い顔をして小円太に「お前、誰と会っていた?」と訊いた。小円太は正直に、お初に簪を返すために会った、「知人に似ている」と言われた、食事に誘われたが断ったと答える。
お初さんの亭主の勝五郎さんが来ていて、カンカンに怒っているから、詫びをしなさい。お初さんは小円太と会ったことが知れて、打ったり蹴ったりされている。お前さんが詫びないなら、私はお前を破門にしなきゃいけない。私は勝五郎さんに「どうぞご存分に」と言った。
圓生が慈愛に満ちた涙を流すのを見て、小円太は悔しいが勝五郎に会う。だが、何も言わない。痺れを切らした勝五郎は「なぜ黙っているんだ。ガキのくせして色気づきやがって」と怒鳴り、象牙の撥を小円太の額に打ち付けた。血が流れる。「ざまあみろ!女にちょっかい出すなんて、百年早いんだよ!悔しかったら、芸を上げてみやがれ」。勝ち誇って、勝五郎は去った。
圓生は「よく我慢したな、小円太」。大切な師匠に頭を下げさせて、額を傷つけられ、黙っていられない。だが、圓生は「芸人の仕返しは芸でするんだ。よく我慢した、悔しかったよな」。小円太は男泣きである。
その後の小円太の修業ぶりは目覚ましいものがあった。圓生の仕込みもあり、ぐんぐんと上達した。やがて、圓朝襲名、真打昇進。だが、集客に難があった。そこで、「先輩から教わった通りに演じていては駄目だ。他人がやらないことをやってみよう」と思い立ち、音曲入りの芝居噺で売る。これが大いに売れて、八丁荒らしと呼ばれるように。
そのうち、芝居噺は邪道だと扇一本で喜怒哀楽を表現する芸風に変わる。そして、中国の牡丹灯記を基に「牡丹燈籠」を創作する。だが、まだ自分の中で納得できる出来ではなく、「良い趣向はないか」と試行錯誤をしていた。
ある日、両国の寄席立花屋に出演していると、大入りの客席の中、柱の右から二番目に座り、銀の煙管を吸っている二十二、三の女性を見つける。お初だ。だが、あれから七年も経っている。おかしい。圓朝は弟子に跡をつけさせた。弟子の報告によれば、下谷万年町の長寿庵の角を曲がった三軒目で姿を消したという。近所の人の話によれば、「昔は寄席で三味線を弾いていたそうだ。今は患って寝ている」とのこと。
圓朝が訪ねる。その家は煎じ薬の匂いがして、継ぎ接ぎだらけの蚊帳が吊ってああった。「勝五郎さんのお宅ですか」。すると、見る影もない勝五郎が出て来た。「圓朝…小円太です!」「この私に恥をかかせに来たのか」「いえ、御礼を申し上げに参りました。芸人の仕返しは芸でしろ。その言葉を胸に刻んできました。そのお陰で今があります」。
恨みではなく、感謝と聞き、勝五郎は「穴があったら入りたい。情けない」。かれこれ、この長屋に住まって二年になる。深酒がたたって、声が出なくなり、女房とドサ廻りをしていた。ついに食い詰めて、こんな汚い長屋暮らしをしている。
よくここが判りましたねと訊かれ、圓朝は「実は…」とお初が寄席に来たことを告げる。すると、勝五郎は「お初は四年前に死にましたよ。打ったり、蹴ったりしたのがたたって、腰が立たなくなり、甲府の小屋の楽屋で息を引き取りました」。
そして、勝五郎は思い出したように、「昨日の夜更け前に、カランコロンと下駄の音がして、家の前で止まった。もしかしたら、それがお初なんじゃないか…」。これを聞いた圓朝は「それだ!」と思う。幽霊に下駄を履かせることを思いついたのだ。「それが詫びの印ですかね。どうか、これで私の罪を許してください。この通りです」。圓朝はお初の位牌に線香をあげる。勝五郎は「お初!喜びな。日本一の圓朝が線香をあげてくれたよ!」。素晴らしい読み物だった。
YEBISU亭に行きました。古今亭菊之丞師匠が「景清」、春風亭一之輔師匠が「青菜」。ゲストは変面師の未来さんだった。
一之輔師匠の「青菜」。植木屋八五郎の庶民性がとても良い。鯉のあらいに付ける酢味噌を舐めて、「これだけで五合いける!」とか、ガラスのコップの向きを変えながら「旦那が遠くに見えたり、近くに見えたりする!」と喜ぶところとか、下に敷いてある氷を口の中に頬張って「よく冷えている!」と言うとか、兎に角無邪気で可愛いのである。
だから、お屋敷の隠し言葉についても、最初は「ちゃんちゃらおかしい」と馬鹿にしていたのに、何度か繰り返しているうちに「やってみたい!」となる。上流階級への憧れ。「華族様の出じゃないかと言われたい!」。これもまた無邪気である。建具屋の半公に対して、鮭の空き缶に注いだ二級酒を柳影、鰯の塩焼きを鯉のあらいに見立てご馳走し、女房には「十二単だ」と冬の綿入れ三枚着せて押し入れに閉じ込めて、嬉しそうに「コレヤ!オクヤ!」と手を叩くという…。植木屋八五郎の無邪気、これこそが一之輔版「青菜」の神髄であろう。
菊之丞師匠の「景清」。最後に雷に打たれて、気絶していた定次郎が起き上がり、明かなかった目が明いて見えるようになるハッピーエンドだが、この噺の肝はそこではないように思う。
木彫り師として一流だった定次郎が失明し、後世に名を残す作品が出来なくなった悔しさ。石田の旦那に赤坂の日朝様が駄目だったら、上野清水様に日参しなさいと薦められ、真心に立ち返ってお詣りした百日目。期待が外れ、目が明かなない。「賽銭泥棒!詐欺師!」と悪態をつく気持ちが痛いほどわかる。このまま家に帰れない。着ている縞物の着物は母親が縫ってくれた。「きょうはこの縞の一本、一本がわかるようになるんだね」と言って送り出した母親の気持ち。赤飯を炊いて、お銚子を一本つけて待っている母親を思い浮かべると切なくてやりきれない。この定次郎の心境こそが、この噺の聴きどころだと思った。


