【プロフェッショナル 仕事の流儀】心で魅せる、芸を貫く~歌舞伎役者 片岡仁左衛門~

NHK総合で「プロフェッショナル 仕事の流儀 心で魅せる、芸を貫く~歌舞伎役者 片岡仁左衛門~」を観ました。
人間国宝、十五代片岡仁左衛門、81歳への密着ドキュメントである。芸に対する真摯な向き合い方、飽くなき探求心とともに時折見せるホッとするような笑顔が魅力的な歌舞伎役者だと改めて思った。
取材を始めたのは2025年7月。大阪松竹座の七月大歌舞伎のときからだ。「熊谷陣屋」の熊谷次郎直実は二十五歳で初役を勤め、実に13回目の舞台だという。だが、稽古場から真剣そのものだ。熊谷のやりきれなさ。感情がこもり、涙を流している。稽古から役に入り込む姿に感動した。型を超え、その先へ。魂に触れる歌舞伎を探求している。
熊谷が敦盛の首の代わりに我が子小次郎の首を討つ。その首を妻相模に手渡し、手を添える。家族三人が繋がる瞬間である。これまでの型は相模が置いてある手に取るという演出だが、これを仁左衛門は熊谷が相模に直接手渡しすることでドラマ性を高めている。素晴らしい。「役の気持ちになりきる」ことの大切さをとても大事にしているのだ。
初日を終えた仁左衛門に「1分」という約束でディレクターがインタビューした。「完成は遥かかなたですよ。完成は陽炎。追いかけても、追いかけても届かない。死ぬまでが修業です」。良いインタビューが撮れた。ディレクターの勇気に拍手である。
上演中は舞台を毎日映像に撮って、帰宅後に見返すそうだ。自分の演技だけでなく、浄瑠璃や三味線にもテンポや音の強弱を細かく指示する。大道具にも自分の希望を言う。「完璧主義ですね」と言ったら、「大和屋さん(坂東玉三郎)の方が完璧主義ですよ」と笑ったのも印象的だ。
血筋ではない役者たちの稽古場にも足を運ぶ。歌舞伎界の底上げと思い、20年前からおこなっているそうだ。「あっぱれ」という一つの台詞に対し、「もっと感心して、興奮して言わなきゃいけない。段取りではだめだ」と指導しているのが良かった。芸は盗めとよく言われるが、仁左衛門の場合は「芸は惜しみなく伝える」のだ。お客さんに「うまかった」と言われるのではなく、「良かった」と言われるようになれ。お客さんの心を打ってこその歌舞伎なのだ。
1944年、十三世片岡仁左衛門の三男として生まれた。孝夫として五歳で初舞台。だが、吃音に悩まされ、訓練を重ねた。1950年代は映画に押され、歌舞伎は斜陽になり、「食べていけるのか」と悩んだという。だが、歌舞伎の血筋ではない役者がデパートの劇場などでスポンサーを探して奮闘している姿を見て、「300年続く家柄から逃げていいのか。歌舞伎一筋に生きていこう」と決意を固める。義太夫をしっかり勉強し、芝居の流れを研究、自分に合った演目を模索し、練り上げた。
21歳で「義賢最期」、25歳で「仮名手本忠臣蔵」、31歳で玉三郎と組んだ「桜姫東文章」が大当たりする。1982年のことだった。玉三郎は言う。「人間の欲望、感情を生々しく演じた」。気持ち、魂、心で演じる歌舞伎が人々の胸に響いたのだろう。
47歳のとき、仁左衛門という名跡を継いでほしいという声があがった。孝夫は悩んだ。「三男に継ぐ資格はあるのか」。と同時に病に倒れる。肺膿瘍。8か月の闘病の中で、「これで生き延びることができたら、神様は継げと言っているのかもしれない」と考えた。そして、奇跡の復活。1994年の復帰公演では、幕が開く前から大きな拍手に包まれ、「生かされた命で仁左衛門を生きる」決断をした。1998年、十五代目仁左衛門襲名披露興行。あれから28年。「お客様がいる限り、舞台に立つ」と思いを新たにした。
2025年、秋。「菅原伝授手習鑑」で菅丞相を演じることが決まる。父の当たり役であり、片岡家にとっても大事な役だ。菅丞相は台詞や動きが極端に少ない役だ。それゆえ、感情をどう表現するかが難しい役でもある。つまり、心で演じる。今回は松本幸四郎とのダブルキャスト。幸四郎は言う。「芝居をする役ではない。演じる役ではない。これは究極ですね」。
興行十七日目に初めて撮影許可が下りた。楽屋で父の代から受け継ぐ北野天満宮の掛け軸を掛けた床の間に盛り塩を捧げ祈る仁左衛門。仁左衛門は言った。「手に入ってしまうのが一番よくない。慣れっこになってしまう。これが怖い」。舞台に向かった仁左衛門を取材班は楽屋で待機していた。すると、仁左衛門が体調不良を起こし、舞台でふらついたという情報が入った。撮影は中止された。
仁左衛門は休演し、菅丞相の役は幸四郎が代演することになった。千秋楽まで戻ることはないだろうと皆が思っていた。ところが…千秋楽。歌舞伎座の舞台に仁左衛門の姿があった。出演は前日の夕方ギリギリに決めたのだという。
それから、2週間後。インタビューに答えた仁左衛門。「やっぱり勤めたいですから。自分との闘いです。復帰したいという。もっともなくならないように勤まるか。役に対する愛着もありますね」。そして、「どの役ももしかしたら、これが最後になるかもしれないと思って臨んでいる。満足しないで、さらに自分を磨いていきたい」。
5日後。仁左衛門は「義経千本桜」の「いがみの権太」を演じていた。きょうもまた役と向き合っている。そんな片岡仁左衛門にとってプロフェッショナルとは…「どこまでも追求すること。それがプロ根性、プロ魂じゃないですかね」。そこに“芝居の神様”がいるような気がした。

