柳家喬太郎みたか勉強会「按摩の炬燵」「心眼」

柳家喬太郎みたか勉強会の昼の部と夜の部に行きました。
昼の部 「野ざらし」柳家小次郎/「金明竹」柳家喬太郎/中入り/「人形買い」柳家小はぜ/「按摩の炬燵」柳家喬太郎
夜の部 「天測訓練」柳家小次郎/「任侠流山動物園」柳家喬太郎/中入り/「旅行日記」柳家小はぜ/「心眼」柳家喬太郎
「按摩の炬燵」。まず素晴らしいのは番頭の奉公人としての了見だ。寒いからと言って、炬燵や行火を自分の部屋に入れれば、若い者が真似をする、それで夜中に火事でも出したら、ご主人様に申し訳ない。按摩の米市さんもこの了見に感心して、「炬燵になる」ことを承諾したのだ。
小僧に厳しく叱った後、優しさが出る。「でも、寒いよな。こんな雪の降る晩はなおさらだ」と同情し、だが自分は束ねをしなければならない立場にある、布団を一枚余計に欲しいなどという贅沢は奥に言えないと説明する。そこで、按摩の米市さんに酒をご馳走して温まってもらい、その温まった体に皆で手なり足なりをつけさせてもらい間接的に温まろうという…。「障害者虐待」と目くじらを立てることはない、そこは落語の世界だ。米市さんに炬燵になってもらうという発想を番頭がするところに、この噺の肝がある。
番頭と米市はガキの頃からの親友。番頭さんが十四になるまで寝小便をしていたことも知っているし、一緒に柿泥棒をした仲間でもある。そして何より、口さがない友人が「やーい、めくら」と苛めても、番頭さんだけは米市さんを庇ってくれた。酒を飲みながら、「味方になってくれて、ありがとうね。普段は言えないから」という米市さんの台詞が二人の絆を表している。だからこそ、「一晩だけ炬燵になる」ことを米市さんは許してくれるのだ。
米市の「炬燵」で温まった小僧たちがぐっすり寝入っている姿を見て、米市は「いう。「奉公人は大変だなあ。そして、番頭さんは偉い。若い者が真似をするか。実るほど頭を垂れる稲穂かな…皆、こうやって偉くなっていくんだなあ」。この言葉に兎角パワハラ、モラハラと喧しい現代社会が失った「奉公」の美学を見たような気がした。
「心眼」。まず中途失明した梅喜の悔しさを思う。両親を早くに亡くして親代わりとして育てた実弟の金公の「どめくら、食い潰しに来やがった」という言い草は余りに酷い。茅場町のお薬師様に三七二十一日願掛けをしようと思い立つのもよくわかる。
だが、現実は厳しい。満願当日、目は明かない。拝んでも、拝んでも明かない。自暴自棄になる気持ちもよくわかる。何が薬師如来だ!この虫けらみたいな按摩一人の目も明けられないのか!一寸の虫にも五分の魂の虫けらだ。人に馬鹿にされるのは慣れている。勝手にしろ!いっそ殺してくれ!殺しやがれ!女房のおたけが「きょうは満願だね。この着物の色と柄が帰って来るときには判るんだね」と見送ってくれたことを考えると悔しくて仕方がなかったろう。
だが、目は明いた。願いは叶った。梅喜を見つけた上総屋の旦那が「夫婦の願いが通じたな」と喜んでくれた。そのときに怖いのは慢心である。目が明いたことに感謝しなければいけないのに、それ以上のことを望んでしまう。人力車に乗っていた東京で五本の指に入る芸者と女房のおたけはどっちが美人か?と考えてしまう。上総屋がおたけさんは「人間に籍がないほどの器量だが、心根の良さから言ったら日本で三本の指に入る」と褒めるが、それでもなお見た目にこだわり、路上の女乞食と較べてどうか?と続けて訊く。人間の心の醜さと言えばそれまでだが、どんな聖人君主にもそういう部分はあるのだろう。
梅喜に三年岡惚れしているという芸者の山野小春に「目が明いたことが自分のことのように嬉しい。お祝いをしたい」と誘われ、料亭に入って盃を重ねる。本心を打ち明ける小春も良くない。「うっとりするほどいい男だわ。お酒、注いで頂戴。聞き流してほしいんだけど…お前さんに岡惚れしていた…男から口説かれることはあっても、私から口説くことはなかった…でも、こんなに心底惚れたことはない。おたけさんというおかみさんがいるから諦めていた。でも、目が明いて…これ、一生のご褒美だわ」。
これに応える梅喜。「知らなかったんです、おたけが化け物だとは。見えないからいいだろうと所帯を持った…騙されていた。だって、化け物だもの。本気にしますよ、姐さん。化け物なんか、叩き出すよ。所帯を持とう。あっしでいいんですか」。余りにも酷い奢り、昂りである。そして、決定的な言葉を吐く。「俺は見えるんだ!化け物と一緒になんか暮せない!」。人間というのはこうも物事の良し悪しの判断がつかなくなってしまうものなのか。怖い。
現場にやってきたおたけの台詞に心が震えた。「お前は女房の声も忘れたのか!畜生!畜生!畜生!私は騙すつもりで一緒になったんじゃない!お前さんが好きで一緒になったんだ!お前さんが見えなかったからじゃない!」。
梅喜が夢から醒めたときの言葉、「めくらなんて不思議だ。寝ているときだけ良く見える」。目が明いたときの自分の心の醜さに気がついた一言でようやく救われた。


